2010/04/27

玄宮園庭園(滋賀県彦根市)


連休を滋賀で過ごしていたので
彦根城に行ったついでではないのですが
ずっと行ってみたかった「玄宮園庭園」に

玄宮園は彦根藩主井伊家によって桃山時代に
作庭された池泉回遊式の蓬莱式庭園の大名庭園である。

今回も「日本庭園史大系」を参考にしながら
庭をぐるぐる見学。




この庭のメインである「鶴鳴渚(カクメイナギサ)」の鶴島
中心のとがった立石は「鶴首石」


その「鶴鳴渚(カクメイナギサ)」の西近くにあるのが、四石組んであるが
兜形の石を景石として用いて、他の三石は三尊石に組まれている。(写真の角度悪し)


ほとんど護岸が見られない部分は、この時代の時代思潮が
人間性を喪失しつつあることを物語っているらしい。


龍臥橋の橋の石垣の下で隠れてしまった亀島
もともとは橋が低く架けられていたのだろうとのこと。


「武蔵野」といわれている砂浜 もともとは霰敷石が。


「武蔵野」からの景色 庭園と彦根城が望めて最高の景色である!


七間橋を渡ると亀島風の中島がある。


(工事中だった飛梁渓(ヒリョウケイ)①)

(工事中だった飛梁渓(ヒリョウケイ)② 立石がカッコイイ)

(工事中だった飛梁渓(ヒリョウケイ)③ さてどんなふうになるんでしょう?)


(彦根城の石垣)

重森氏いわく
「明治時代において、公園が制定された当時、全国の諸大名の大庭園中、
三公園、又は四公園として、栗林公園(高松市)後楽園(岡山市)
兼六公園(金沢市)常盤公園(偕楽園水戸市)が入った。
これは庭園とか公園としての実際の芸術的価値を云々したのではなく
一般的観賞の立場と、全国各地の地方的分布との関係で選択されたので
あったが、それらの四公園と比較すると、やや小規模ではあるが
正しい観賞の立場から、その庭園の芸術性に立脚すれば、
むしろこの玄宮園が第一に入るほどの価値をもっている。
それほど玄宮園は、庭園としての傑出した作品であって
地割の上からも、局部の石組技術の上からも、まことに傑出している。」
とのことです!!

さすがにここは狭いといえども大名庭園は広く
ボクの理解力では資料を読みながら何周も・・・。
この日は雨も降っていてとても寒く
そのせいってわけでもないと思うのですが
次の日に細菌性胃腸炎に・・・。
今日の午後からの仮復活です(汗)

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